【判例解説】熊本丸刈り訴訟をわかりやすく解説

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本記事では、髪型に関する校則が争点となった、熊本丸刈り訴訟(熊本地裁昭和60(1985)年11月13日判決)について検討していきます。

熊本丸刈り訴訟

事件の概要

1981年の4月、熊本県の玉名郡玉東町にある、町立玉東中学校では、髪型に関する校則がが存在しました。

「男子生徒の髪は一センチメートル以下、長髪禁止」とする規定です。

ところが、男子生徒Aは、この規定を拒否した髪型で登校していました。

その結果、Aは、集会の中で校長から批判されたり、同級生からの嫌がらせを受けるようになりました。

Aは、当該規定は基本的人権を侵害し憲法違反であるとして、中学校に対して校則の無効を訴えたほか、町に対して損害賠償を求めて訴訟を起こしました。

問題となった憲法上の規定と判決

本件で争点となった憲法上の条文は、第14条・第21条・第31条です。

各条文における原告Aの主張と、被告の主張を比較したうえで、判決をみていきます。

憲法第14条

憲法14条(法の下の平等)
→熊本地裁:違反しない

まず、原告側が指摘したのは、平等原則を定めた憲法第14条です。

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

憲法第14条第1項

原告Aは、本件において、学校側が2つの平等原則違反を行っていると主張します。

第一に、近隣の中学校では丸刈りを強制する校則がないにもかかわらず、玉東中学校では導入されているという点です。

「校区制」を導入している以上、その地区に住んでいる人はその学校に通うことが原則である一方、他校では丸刈り強制を行っておらず、平等性に欠けるという主張です。

第二に、男子生徒の髪の長さの規定が、女子生徒に認められている10分の1しか認められていないことから、「男女間の差別」があると主張します。

一方で、被告は、男女の間で髪形に相違があることは一般に許容されており、しかも、丸刈りは男子にとって特異な髪形ではないため、社会通念上許容され憲法第14条に違反しないと主張しました。

この争点について、熊本地裁は、第一に、校則は各学校の実情に応じて個別的に決定されるべきものであるから、憲法第14条には違反しないと判断しました。

また、第二に、男女間で髪形に相違があることは一般に許容されているとの見解を示し、こちらも平等原則に反しないと述べました。

憲法第21条

憲法第21条(表現の自由)
→熊本地裁:違反しない

また、原告Aは表現の自由を規定した憲法第21条にも違反すると主張します。

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

日本国憲法第21条第1項

Aは、髪型の自由は「個人の感性、美的感覚あるいは思想の表現」であり、表現としての髪型の自由を不合理に制限しているものだと主張しました。

一方、被告は、学校側の裁量の範囲内で定められたものであることから、たとえ生徒の権利を制約する結果になったとしても、憲法第21条には違反しないと主張しました。

また、Aの髪型には、思想・知識の表現行為としての意味はなく、単なる好みの問題であるから、憲法第21条によって保護される表現には当たらないとの反論をします。

この争点について、熊本地裁は、髪形が思想等の表現であるとは特殊な場合を除き見ることはできず、特に中学生において髪形が思想等の表現であると見られる場合は極めてまれであるとし、憲法第21条には違反しないとしました。

憲法第31条

憲法第31条(適正手続きの保障)
→熊本地裁:違反しない

また、原告Aは、頭髪という身体の一部について、法定の手続によることなく切除を強制するものであるから、適正手続きの保障を規定した憲法第31条に違反すると主張します。

何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

日本国憲法第31条

一方、被告は、学校側の裁量の範囲内で定められたものであることから、たとえ生徒の権利を制約する結果になったとしても、憲法第31条には違反しないと主張しました。

この争点について、熊本地裁は、本件校則には、本件校則に従わない場合に強制的に頭髪を切除する旨の規定はなく、しかも、本件校則に従わないからといって強制的に切除することは予定していなかったため、憲法第31条に違反しないとしました。

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裁量権の逸脱について

熊本地裁
・教育=教科の学習だけでなく、生徒のしつけに関するもの(服装等)も含まれる
・校則=教育に関連し、かつ、内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認される(無制限に認められるわけではない)
・教育を目的として定められた校則→著しく不合理でなければ違法とはならない(緩やかな審査)

審査基準

被告はたびたび、本校則は「学校側の裁量の範囲内で定められたものだ」と主張していますが、そもそも、学校側にそのような裁量が認められてよいのでしょうか。

この点について、熊本地裁は、「中学校長は、教育の実現のため、生徒を規律する校則を定める包括的な権能を有するが、教育は人格の完成をめざすものであるから、右校則の中には、教科の学習に関するものだけでなく、生徒の服装等いわば生徒のしつけに関するものも含まれる」との見解を示します。

そのうえで、校長の権能は無制限に認められるわけではなく、「中学校における教育に関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるもの」だとします。

すなわち、「校則」の名のもとに、教育に関係のない制約や、合理性のない制約は認められないという見解を示しました。

しかしながら、具体的に生徒の服装等にいかなる程度・方法の規制を加えることが適切であるかは、必ずしも画一的に決することはできず、校長の判断に委ねられるべきとして、校長の広い裁量を認めました

「教育を目的として定められたものである場合には、その内容が著しく不合理でない限り、右校則は違法とはならない」として、緩やかな審査がなされることとなりました。

目的/手段・内容は違法か?

熊本地裁(緩やかな審査をするという前提のもと)
・目的:教育目的である
・手段・内容:本件校則の内容が著しく不合理であると断定することはできない(丸刈りの社会的許容性・本件校則の運用)

前述のとおり、緩やかな審査を行うことを前提としたうえで、本件校則にあてはめます。

校則の目的は、「生徒の生活指導の一つとして、生徒の非行化を防止すること、中学生らしさを保たせ周囲の人々との人間関係を円滑にすること、質実剛健の気風を養うこと、清潔さを保たせること、スポーツをする上での便宜をはかること等の目的の他、髪の手入れに時間をかけ遅刻する、授業中に櫛を使い授業に集中しなくなる、帽子をかぶらなくなる、自転車通学に必要なヘルメツトを着用しなくなる、あるいは、整髪料等の使用によつて教室内に異臭が漂うようになるといつた弊害を除却することを目的として制定されたものである」以上、教育目的で制定されたものだとします。

手段・内容については、本件校則の合理性については疑いを差し挾む余地のあることは否定できないとしながらも、「今なお男子児童生徒の髪形の一つとして社会的に承認され、特に郡部においては広く行われていることは公知の事実」であり、丸刈りの社会的許容性を挙げました。

また、本件校則の運用についても、本件校則に従わない場合の措置については定めがなく、例えば、バリカン等で強制的に丸刈りにすることや、内申書への記載や学級委員の任命留保、クラブ活動参加の制限といった措置は予定されていないことから、本件校則の内容が著しく不合理であると断定することはできないとしました。

以上のことから、熊本地裁は「本件校則はその教育上の効果については多分に疑問の余地があるというべきであるが、著しく不合理であることが明らかであると断ずることはできない」とし、本件校則を制定・公布したことは違法とは言えないとの結論に至りました。

判例の問題点と自己決定権

ここまでみてきたように、熊本地裁は、Aの請求を棄却し、被告の主張を全面的に認めました。

しかしながら、この判決には、憲法学の観点から多くの批判が集まっています。

特に、幸福追求権を規定した憲法第13条へ一切の言及がない点が問題視されました。

憲法第13条

憲法第13条は、幸福追求権を規定し、国民一人ひとりが「個人」として尊重されることが規定された条文です。

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

日本国憲法第13条

憲法第13条は、あらゆる人権の根拠となっており、「自己決定権」もその一つです。

「自己決定権」では、自己の生命や身体に関する権利、家族形成に関する権利などが含まれるとされています。

しかし、本判決においては、憲法第13条について一切の言及がありませんでした。

髪型は、教育現場のみならず、本来教育とは関係がないはずの”日常生活”においても影響するものです。

髪型の自由に関しても、個々人の「人権問題」であることを認識し、憲法第13条への言及や、より厳格な審査を行うことが必要だったのかもしれません。

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